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コンチネンタル航空スターアライアンスメンバー
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会社沿革 1991~2000年

1991年2月12日
コンチネンタル航空、企業イメージを新しくし、紺とグレーのロゴを発表。
1992年10月
大西洋路線で受賞歴のあるビジネスファーストのサービス開始。
1993年4月27日
1992年11月、投資家グループのエアパートナーズおよびエアカナダから4億5,000万ドルの出資を受け、2度目の倒産の危機から立ち直る。
1993年5月12日
将来を見据え、コンチネンタル航空はボーイング737、757、767、777型機を含む新しいボーイング機を92機発注。
1994年7月15日
創業60周年を迎える。
1995年1月
コンチネンタル航空のゴードン・ベスーン社長兼最高経営責任者は、運航業務の見直し、従業員の職場環境の改善、持続的な採算性を図るため、4つの戦略を含む「Go Forward Plan(前進プラン)」を掲げる。
前進プラン(Go Forward Plan):
  • 勝利へ羽ばたく(Fly to Win)
  • 未来に出資する(Fund the Future)
  • 信頼性を現実に(Make Reliability a Reality)
  • 地域活動
1995年3月
コンチネンタル航空、1987年9月に米国運輸省*が消費者調査を始めて以来、初めて定時運航率(オンタイムパフォーマンス)で米国系航空会社大手10社のトップに。4月には定時運航率で再度第1位に。
1995年5月
グレッグ・ブレネマン、コンチネンタル航空の最高執行責任者に任命され、取締役会の役員となる。
1995年7月18日
創業以来の四半期利益を計上。
1995年8月~11月
米国運輸省*が実施する毎月のエアトラベル消費者調査で4か月連続国内線の手荷物取り扱いで米国系航空会社大手10社の第1位に。
1995年12月
『ビジネスウィーク』誌により、コンチネンタル航空の株式が1995年ニューヨーク証券取引市場のベスト株式に選ばれる。コンチネンタル航空のクラスB普通株は1月上旬の最安値6.50ドルから12月には最高値47.50ドルまで上昇。
1995年12月
創業61年間で最高の年間利益(2億2,400万ドル)を計上して1995年度を終了。更に、1995年第4四半期、定時運航率で1位、手荷物お取り扱い**で第1位、苦情の少なさで第2位に。
1996年1月
コンチネンタル航空、1996年度のGo Forward Plan(前進プラン)を発足し、20世紀に大きく経営立て直しを図った一企業として引き続き前進を目指す。
1996年1月
創業61年間で最高の年間利益(2億2,400万ドル)を計上。
1996年6月
「500マイル以上の路線のベストエアライン」部門のJDパワー賞を受賞。
1997年1月
『エア・トランスポート・ワールド』誌の1996年度の「エアラインオブザイヤー」を受賞。
1997年5月
航空会社としては初めてとなる「500マイル以上の路線のベストエアライン」部門のJDパワー賞を連続受賞。
1997年6月
ボーイング777型機および767型機を含むボーイングの新型ワイドボディ機35機購入する計画を発表。
1997年7月
ブラジル路線の運航を開始。
1997年9月
ヒューストン本社をヒューストン市内のコンチネンタルセンターに統合する計画を発表。
1998年1月
1997年度に創業以来最高の年間利益6億4,000万ドルを計上。ノースウエスト航空と戦略的なグローバル提携を結ぶ計画を発表。
1998年3月
次世代のボーイング737-900型機15機購入する意向を発表し、同型機の最大の発注企業に。
1998年4月
コンチネンタル航空、ナショナルエアラインクオリティレーティング調査で2年連続で最も改善された航空会社に選出。
1998年6月
アイルランド路線の運航を開始。
1998年7月
スコットランド路線の運航を開始。
1998年8月
コンチネンタル航空、JDパワーの顧客満足度調査で多くの重要なカテゴリーで第1位、総合で第2位の評価を獲得。
1998年10月
ボーイング777型機第1号の受領。ニューアーク/ヒューストン - 東京間のノンストップ運航の準備を開始。
1998年11月20日
コンチネンタル航空、競争力を強化し、顧客に旅行の選択肢を増大させるためノースウエスト航空との提携を正式に発表。消費者にとっての利点は、国内線と国際線のコードシェア運航、フリークエントフライヤープログラムの相互利用、空港ラウンジの共用。この2社の提携により、米国の3大(ビッグスリー)エアラインに対抗できる4番目の米国系航空会社のネットワーク誕生となる。
欧州線や南米線などの国際線に使用する航続距離延長型ボーイング767-200型機10機を発注。受領時期は2000年から。
1998年12月16日
コンチネンタル航空、チリのサンチアゴに本拠地を置くアバント航空と共同販売提携業務を開始。
1998年12月21日
『フォーチュン』誌と「グレートプレーストゥワーク研究所」(サンフランシスコ)が共同で実施する調査「働きがいのあるアメリカ企業ベスト100社」の1社に選出。
1998年12月29日
コンチネンタル航空、ノースウエスト航空と日米間の国際線で週28便、シンガポール、タイのバンコク、韓国のソウルへの週21便、共同運航を開始。
1999年1月7日
コンチネンタル航空、ノースウエスト航空と国内線の共同運航を開始。
1999年1月20日
コンチネンタル航空、「OAGエアラインオブザイヤー賞」で7つの賞を受賞。OAGの印刷・電子旅行情報サービスを購読するフリークエントフライヤーによる投票で米国のベストエアラインに選定。
1999年1月21日
15四半期連続で黒字を計上。1998年の税引き前利益は、以前に発表した機材関係費用を除き、創業以来最高の7億7,000万ドルに到達。1998年まで4年連続で税引き前利益の新記録を更新。1998年第4四半期には純利益6,600万ドルを計上。
1999年1月28日
コンチネンタル航空のフリークエントフライヤープログラムの「ワンパス」が権威あるフレディー賞を受賞。「プログラムオブザイヤー」ならびに「ベストエリートレベルプログラム」のカテゴリーで1位になるなど、合計5つの賞を獲得。『インサイドフライヤー』誌の第11回フレディー賞授与式でワンパスプログラムが、1998年度の「ビジネスファーストの国際線アップグレード」部門で最優秀賞、さらに「ベストカスタマーサービス」ならびに「ベストウェブサイト」も受賞。
1999年1月31日
ヒューストン - 成田路線の直行便のデイリー運航の開始。ヒューストン発のアジア方面行きの直行便として当路線が初めて。
1999年3月2日
最後のボーイング747-200型機および737-200型機をそれぞれ退役。1999年度に使用する燃費効率の良いボーイングジェット機60機を搬入するため、退役した機材を移動。
1999年3月10日
コンチネンタル航空、「トラベルトレードガゼットヨーロッパ」が提供する1999年度ヨーロッパと旅行賞の「北米路線のトップエアライン」部門でゴールド賞を受賞。
1999年4月2日
航空機通信システムの2000(Y2K)年問題対策の飛行テストを完了。2000年のシミュレーション環境で試験飛行した民間航空会社はコンチネンタル航空が初めて。
1999年4月8日
ゴードン・ベスーンが『ワース』誌により米国のベストCEO50名の1人に選出。順位は6位。
1999年4月10日
コンチネンタル航空とアラスカ航空、共同運航を開始。
1999年4月15日
16四半期連続で黒字を達成。第1四半期、特別収入と特別費用を除き、純利益7,800万ドル(希薄株1株当り利益1.03ドル)を計上。
1999年5月4日
コンチネンタル航空、クラスB普通株の銘柄記号をCAI.BからCALに、クラスA普通株の銘柄記号をCAI.AからCAL.Aに変更。
1999年5月11日
フリークエントフライヤー』誌とJDパワーアンドアソシエーツによる調査で、長距離線(500マイル以上)の顧客満足度が全米の大手航空会社の中で1位を獲得。
1999年5月18日
コンチネンタル航空、カービジョン・H・コールドウェルを取締役会に選出したことを発表。一身上の都合により再立候補を辞退した前連邦上院議員のロイド・ベンツェンの後任となる。
1999年5月26日
コンデナストトラベラー』誌の「ビジネストラベルアワード」において、コンチネンタル航空は米国系航空会社のうち2年連続、大西洋路線および太平洋路線のビジネスクラス部門で最上位に。
1999年5月28日
NPDオンラインリサーチ(NPDグループの一部門)による顧客満足度とロイヤリティ調査で、コンチネンタル航空のウェブサイト(www.continental.com)が第1位に。
1999年6月10日
コパ航空と共同運航を開始。30都市へ60便以上を運航。
1999年7月19日
17四半期連続で黒字を達成。第2四半期、純利益1億3,700万ドルを計上。
1999年8月1日
ニューヨークとテルアビブ間で直行便の毎日運航を開始。
1999年9月20日
デボラ・マコイ、コンチネンタル航空のフライトオペレーション部門上級副社長に就任。彼女は、米国大手航空会社のパイロットグループで初の女性統率者となる。
1999年10月4日
NYC2000のスポンサー企業に。お祝いにボーイング777型機をピーター・マックスによる特別塗装にすると発表。
1999年10月14日
『フォーチュン』誌10月11日号の「世界で最も賞賛される企業」リストで、最も賞賛されるグローバル航空会社第2位に選出。
1999年10月14日
コンチネンタル航空とアメリカウエスト航空が、米国系航空会社として初めてインターラインeチケットを導入。
1999年10月15日
コンチネンタル航空のラリー・ケルナー執行副社長兼最高財務責任者が『CFO』誌ならびにアーサーアンダーセンより1999年度「経営再建優秀CFO賞」を受賞。
1999年10月18日
18四半期連続で黒字を達成。第3四半期は純利益1億1,100万ドル(1株当り利益1.56ドル、希薄株1株当り利益1.53ドル)を計上。
1999年11月29日
コンチネンタル航空、アマデウスグローバルトラベルディストリビューション社の所有株式売却で、自社株式買戻しプログラムを4億ドル分増額し、合計で12億ドルに。コンチネンタル航空の取締役によって、2000年度以降の調整後純利益の最大50%までと、非戦略的資産を将来売却した際の純利益すべてを株式買戻しの代金に回すことを許可。
1999年12月13日
コンチネンタル航空のジェット機材は平均使用年数が7.4年と米国系航空会社の大手10社中、最も新しいものに。
1999年12月15日
「カスタマーファースト(お客様を第一に)」プログラムとそのきめ細かなカスタマーサービス方針を導入。新機能の制定、従業員へのトレーニング提供を行う。
1999年12月20日
フォーチュン』誌と「グレートプレーストゥワーク研究所」(サンフランシスコ)が共同で実施する調査「働きがいのあるアメリカ企業ベスト100社」の1社に2年連続で選出。前年の40位から23位へとランキングが上昇する。
1999年12月30日
フロリダをベースにした株式非公開のリージョナル航空会社「ガルフストリーム国際航空」の少数株主権を獲得。
2000年1月1日
コンチネンタル航空、無事に2000年へのロールオーバー完了。
2000年1月18日
第4四半期の純利益は3,300万ドル(基本的1株当たり利益0.48ドル、希薄化後1株当たり利益0.47ドル)を計上(すでに発表済みの利益や費用は除く)。
2000年1月26日
米国系航空会社として唯一のOAG賞受賞となる2000年度「OAGエアラインオブザイヤー」において、「短距離エグゼクティブ/ビジネスクラス」部門と「フリークエントフライヤープログラム」部門で最優秀賞を受賞。
2000年1月27日
ワンパスプログラム、『インサイドフライヤー』誌が毎年実施する12回目のフレディー賞で「プログラムオブザイヤー」、「ベストエリートレベルプログラム」など4部門を獲得。さらに、25,000マイルでニューヨーク/ヒューストンから東京行きの特典航空券に交換できることが高く評価され「ベストアワード」を受賞。1999年度の「ベストウェブサイト」賞も受賞。その他の審査対象のカテゴリーでもすべての上位3位にランク入り。
2000年1月28日
コンチネンタル航空のグローバルゲートウェイプログラム第1段階に対する地方債権の資金調達が『 インスティチューショナルインベスター』誌2000年1月号で1999年度「パブリックファイナンスディールオブザイヤー」を受賞。この資金調達額7億3,000万ドルは、非投資適格地方債権としては最大規模。
2000年2月17日
2000年2月21日発行の『フォーチュン』誌による「米国で最も称賛される企業」リストで米国系航空会社の2位にランク入り。1999年度の3位から1位に上昇。
2000年4月20日
第1四半期純利益1,400万ドル(基本的および希薄化後1株当たり利益0.21ドル)を計上。
2000日5月9日
フリークエントフライヤー』誌とJDパワーアンドアソシエーツが独自に行った調査で、短距離および長距離路線のフライトでの顧客満足度が全米1位に。
2000年6月19日
コンチネンタル航空のゴードン・ベスーン会長兼最高経営責任者は、航空業界が新たな合併や提携の危機に直面していることを受け、米国系航空会社の外国資本に対する規制の緩和を求める。また、コンチネンタル航空がヒースロー空港に乗り入れできるように働きかける。
2000年7月18日
これまでの数字を上回る四半期の希薄化後1株当たり利益2.46ドル(特別費用差し引き前)を発表。これにより、21四半期連続の好業績となり、希薄化後1株当たり利益が創業以来最高となる。
2000年7月25日
コンチネンタル航空の上級管理職、5年契約を結ぶ。契約を結んだのは、ゴードン・ベスーン会長兼最高経営責任者、グレッグ・ブレネマン社長兼最高執行責任者、ラリー・ケルナー執行副社長兼最高財務責任者、C.D.マクレーン執行副社長(業務)、ジェフ・スマイゼック執行副社長兼顧問の5名。
2000年8月30日
ボーイング767-400ER(航続距離延長型)型機第1号を受領。航空機は、ジェット旅客機のパイロットのライセンスを有し、航空機整備士でもあるゴードン・ベスーン会長兼最高経営責任者がヒューストンまで運航。
2000年9月12日
2000年1月1日以降、従業員持ち株制度や自社株購入プランを利用して普通株を購入した従業員やその他の利用者からコンチネンタル航空に支払われた現金売上金相当額分自社株式買戻しプログラムの合計金額が増大。会計年度明けからの合計額は8,000億ドルに。
2000年9月21日
インフォメーションウィーク」500リストで、全航空会社の中で最も革新的なITのユーザーに選出。500社中25位にランク入りし、航空会社としては最上位に。
2000年9月26日
フォーチュン』誌の「世界で最も賞賛される企業」で米国系のグローバル航空会社の最上位に。また、10月2日号の「最も賞賛されるグローバル航空会社」では3位にランク入りした。
2000年10月6日
コンチネンタル航空のラリー・ケルナー執行副社長兼最高財務責任者、『CFO 』誌ならびにアーサー・アンダーセンより 2000年度「情報/知識経営部門優秀賞」を受賞。3回目の受賞者としては史上初。
2000年10月11日
コンチネンタル航空、ノースウエスト航空と世界最大のインターラインeチケットネットワークを導入。
2000年10月16日
第3四半期の希薄化後株当たり利益2.24ドル(特別費用差し引き前)を計上、前年同期と比較して56%の増加となる。これにより、22四半期連続の好業績となり、第3四半期の1株当たり利益が創業以来最高となる。
2000年10月30日
コンチネンタル航空のゴードン・ベスーン会長兼最高経営責任者とヒューストン市市長のリー・ブラウンによって、ブッシュ・インターコンチネンタル航空(IAH)の最新国際線ターミナル建設工事を含む、3億5,000万ドル規模の拡張プロジェクトがスタート。2003年夏にオープン予定のターミナルEは、過去20年にIAHで実施された一施設拡張工事としては最大規模となる。また、同空港での新ターミナル建設は1990年にオープンしたターミナルD(ミッキー・リーランド国際線航空会社ビル)以来。
2000年11月6日
コンチネンタル航空、ノースウエスト航空と同社が所有するコンチネンタル航空の普通株の買い戻しについての原則的合意に達したことを発表。
2000年11月6日
コンチネンタル航空、関連特定目的信託の転換優先有価証券(2030年に満期となるクラスB普通株に転換できる)の価格を2億5,000万ドルに設定したことを発表。この優先有価証券の現金配当は、転換優先有価証券転換額50ドルあたりの年率6%。転換時は、各転換優先有価証券に対し普通株0.83333株の割合で転換(普通株1株あたり60ドルの初期の転換価格に相当)。最初の購入者には、さらに3,750万ドル分の有価証券に対し同条件で30日間のオーバーアロットメントオプションを提供。
2000年11月10日
ボーイング767-200ER型機第1号を受領。
2000年11月16日
コンチネンタル航空、ノースウエスト航空と同社が所有するコンチネンタル航空の普通株の買い戻しに対する正式契約を結ぶ。さらに、2025年までアライアンス契約を延長。正式契約の前に、両航空会社の取締役が契約内容を承認。
2000年12月18日
フォーチュン』誌と「グレートプレーストゥワーク研究所」(サンフランシスコ)が共同で実施する調査「働きがいのある企業ベスト100社」の1社に3年連続で選出。昨年の23位から18位へとランキングが上昇する。